早川義夫 著『ラブ・ゼネレーション』

ジャックスというバンドのことについて何か書こうとしても、結局なにも言えなくなってしまうのは、
あれはいきなり浴びせられたバケツの水のような体験だったので、
話術の才でもないかぎり、とてもひと様に開陳できる類のことは書けないのと、
ザ・スミスなんかもそうなんだけど、一時期、その音楽の中にどっぷり浸って、深海魚のように棲息していた自分を、
どうあっても客観的に見つめなおすことができないのと。

中年になって、それらを振り返ることに気恥ずかしさを感じるというのも、小さくはない。

早川義夫さんについては、以前にこの「依子がロック!」のコーナーで軽く触れたことがあって、そのときも、

「歌えるなら歌う必要はない。
歌えないから歌うのだ」


という氏のお言葉を引かさせていただいた。

そのときも感じたのだけれど、今こうして打ち直して、それをさらに読み返しても、
ブルッてしまうような言葉だと思う。

早川さんは、こういうことを、まったく嘘の通じないところから投げかけてくる。
だから怖い。
そしてそれを、寸分のブレもなく、唄で、音楽で、表現し続けているところに、まいってしまう。
だから彼は、今でも20代の頃に作られたジャックスでの狂おしい性と愛の歌を、
まるで今できたばかりの歌のように鮮烈に人に届けることができる。

早川さんは、ジャックスの解散後、URCのプロデューサーを少し勤められたのち、
ミュージシャンをやめて本屋さんを営まれていた。そして1994年にカムバック。
その間が年月にして23年。

カムバックの折、佐野史郎さんのTV番組に出演されたのを、息を飲んで見た。
ときおり照れたように笑みをみせて、言葉を選びながら心境を語る早川さんは、
ジャックスの叫びからほど遠いほど柔和な印象を与えたが、
それでもぼくは戦慄した。

佐野史郎さんは、きっと溢れんばかりの思いのせいだろう、
かつての早川さんから受けた感動をご本人に伝えたくて、断片的になってしまうのがもどかしいようで、
それでも、やっと最後に、「また・・・始まったんですね・・・」と呟いていた。
その一言に感謝したくなった。なぜならそれは僕の思いでもあったからだ。

『ラブ・ゼネレーション』は、1972年に自由国民社から上梓された早川さんの本。
エッセイと言えばいいのだろうが、僕にとってはカミュの創作ノオト『太陽の讃歌』と同じくらいに、
いつでもハッと目を覚まさせてくれる、きらめきと輝きに充ちた一冊だ。
このときの早川さんの言葉と、現在の早川さんの表現には、同じものが流れている。
時間がたっても色あせないものは、自由と呼んでもいいのだろうか。
でも、生きるのに窮屈そうにも映る。
窮屈だからこそ、そこに向かうのだろう。

ぼくは、洞口依子さんが病気から復帰したとき、早川さんのカムバックの時と同じ思いで狂喜した。
彼女がジャックスを好きだということに、なんの但し書きもいらないと思っている。



「歌の本質は、悲しみを忘れさせるためにあるのではなく、悲しみを忘れさせなくするためにある。」
(本書より)


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